「カフェ潮の路(しおのみち)」を開店してから、早いもので2年半が経ちました。
「カフェ潮の路」は、つくろい東京ファンドの個室シェルター「つくろいハウス」を経由して、地域生活を始めた人たちの孤立や病状悪化を防ぐための居場所兼就労の場として設立されましたが、その計画をしていた時に相模原障害者施設殺傷事件が起きました。
事件の衝撃もさることながら、犯人の身勝手すぎる優生思想に理解を示す人が少なからずいたことに私は更に打ちのめされました。
この事件があって、私は「カフェ潮の路」は「つくろいハウス」に縁のある人だけでなく、いろんな異なる背景を持つ人々が集まって食事をする場所にしなくては、と考えるようになりました。
お金があっても無くても同じ食事が食べられるように、海外のPay it forwardを基にした「お福わけ券」のシステムを作り、知らない他者との距離を少しでも縮めるきっかけになればと、券の裏面にはメッセージでやり取りができるようにしました。
カフェは一般住宅を改装したものなので、スペースは決して広くはありません。
この日本と同じですね。限りある空間をみんなで譲り合いながら使ってもらいます。
異なる背景を持つ人たちが、最初は戸惑いながらではあっても相席してランチを食べる。それが実現できれば、人は徐々に異なる相手に慣れ、「違い」の段差は小さくなっていくだろうと思いました。
お福わけ券を贈った人と、それを利用した人が券の上で交わす対話は、それまで誰だか知らない生活困窮者を、「カレーの好きなFさん」とか、「かわいい字を書くXXさん」のように、少しだけ具体的になります。相席して食を共にすれば、ますます距離は縮まり、今度はそれまで知らなかった人たちの「顔」を認識できるようになります。
そんなふうに構想を膨らませながらオープンにこぎつけた「カフェ潮の路」ではありますが、どうなるかは未知数でした。
ご近所さんは来てくれるのだろうか。貧困問題に無関係だったり、無関心だったりする人が、果たして相席のこのカフェで食事をしてくれるだろうか、お福わけ券を買ってくださる人はいるだろうか…。
オープンからこれまでの間、「カフェ潮の路」は大小様々なトラブルにはしょっちゅう見舞われながらも、地域の人たちに支えられて元気に営業を続けております。
昨日、私の実家からブドウが送られてきました。
経済的にカツカツな人にとって果物は高級品です。さっそく、6種類のブドウの種類ごとの味の違いを楽しんでもらうべく、ランチのデザートとしました。
かなり保守的な私の親から送られてきたブドウを、生活保護を利用しているお客様も、年金生活を送る方も、ギャンブル依存の方も、アルコール依存の方も、カフェ営業日に遠くからはるばる歩いてやってくる現役の路上生活者も、近隣の病院と取ったアポの時間から2時間も早く来てしまった勇み足な営業マンも、迷いこんだ就活生も、卒論に悩む中国人留学生も、「夏休み最後の日に来ました」と言って、賑やかなカフェの後ろの席でペーパーバックを読みふけるアメリカ人の大学の先生も、ビッグイシューの販売者さんも、幻聴と被害妄想に悩む方も、みな残さずお召し上がりになりました。
今回のご来店が二度目の新顔さんが、お福わけ券を使ってランチとドリンクを召し上がったあと、帰りがけに厨房にいる私のところにやってきて、ニコニコしながら恥ずかしそうに、「ごはんが食べられるっていいですよね」、「美味しいって嬉しいですよね」、「腹一杯っていいですよね」と考え考え、おっしゃって帰っていきました。
どんな困難をお持ちの方も、困難をお持ちでない方も、等しく美味しいごはんを食べてお腹を満たしてもらいたい。
夕方近くになって、自転車で乗り付けたご婦人がいらっしゃいました。
大房のシャインマスカットと紫色のブドウを「みんなで食べてください」と渡すと、名乗ることもなさらずに自転車で去っていきました。
おかげさまで、明日もまた、美味しいブドウが皆さんのランチにつきます。
持つ者が持たざる者にできる範囲でおすそ分けをし、持つ者も持たざる者も同じテーブルでランチと時間を共有する。隣の会社のサラリーマンは、階下のコーヒースタンドでいつも顔を合わせる元若者ホームレスの男性の悩みに耳を傾けている。近所の薬局の方が、サイズを間違えて買ってしまったポロシャツを持ってきてくれて、カフェで働く高齢のIさんがそのポロシャツを着る。Iさんはどんな遠くの病院で診察を受けても、その薬局で薬を調達する。
「カフェ潮の路」と、その地域で起きていることが、どんどん広がっていったならば、この社会は狭くても生きやすい場所になるのだと信じ、これからも多様な人が出入りできる場を発展させていきたいと目論んでいます。
お福わけ券を購入してくださる方、店に来てくださる方、美味しい食材を届けてくださる方、応援してくださる方々、混ざってくださる方々に、改めて心からの感謝を申し上げます。(カフェ潮の路コーディネーター 小林美穂子)
※「お福わけ券」は、オンラインショップでも購入できます。下記の画像をクリックしてください。