2017年2月21日付け読売新聞に「つくろいハウス」の元入居者とスタッフの大澤優真に取材した記事が掲載されました。
医療ルネサンス No.6493 いのちの値段 ゆらぐ現役世代
仕事失い住所不定 無保険
すぐ身近にある無保険という「闇」。そこから、独力ではい上がるのは難しい。
宮崎県の男性(27)は2011年、地元の自動車部品メーカーで期間工になった。半年ごとの再雇用だ。手取り27万円のうち3万円を、生活保護を受ける実家の母(57)に仕送りした。
もはや雇用が保障される時代ではない。副業を求め、インターネットを使ったビジネスで毛髪治療の商品を売ろうとし、失敗した。初期費用100万円の返済にサラリーマン金融から借金し、合計の返済額は月10万円に膨れた。会社に督促状が届くようになり、3年半勤めた会社を去った。
手持ち資金は30万円。上京し、川崎市にたどりついた。だが、無職の立場では家すら借りられない。住所不定では仕事も決まらない。午後7時から午前5時まで2000円のネットカフェで過ごした。スマートフォン(スマホ)が唯一、社会や職探しとつながる命綱だ。ハンバーガー店で充電した。
やっと探した建設現場の仕事も、給与は月10万円に満たなかった。現場の仲間15人はみな40歳以下。低所得者ほど国民健康保険料の負担率は重く、男性の年収当たりの負担率は2割弱。保険料を滞納し、保険証は失効した。発熱時は市販薬を買った。07年の厚生労働省の調査では、「ネットカフェ難民」の7割超が医療保険に加入していない。
手持ち資金が1か月でなくなると、東京の新宿に流れついた。福祉事務所で生活保護の申請をしたが、「実家に帰れ」「親に照会する」と言われ、断念した。オレが悪い。母親に迷惑はかけられない。公園での路上生活が待っていた。
黄ばんだ黒シャツと色あせたジーンズ。働く気力はうせ、もはや普通にしゃべれない深刻なうつ状態だった。だが、奇跡が起きた。
電源が落ちる間際のスマホが、週2回の電話相談を受けている認定NPO法人につながった。さらに、連携する「つくろい東京ファンド」の担当者、大澤優真さん(24)に出会い、避難用のアパートが提供された。まず家を確保して心から落ちつける場所をつくり、人間の回復を支える活動だ。
その理念はハウジング・ファーストと呼ばれる。北米や欧州では、医療費削減を目的の一つに施策として実行され、病気の重症化や緊急搬送を防ぐことで、救済した人1人当たり計300万円以上を節約したとのデータもある。
周囲の支援で、男性は生活保護を受け、都内に6畳の部屋を得た。けがの治療も受けた。破産宣告して借金問題を片づけ、もう一度、社会へ歩み出す。