2024年4月11日、つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛が参議院厚生労働委員会で参考人として意見陳述をおこないました。

現在、参議院では生活困窮者自立支援法と生活保護法の一括改正案が審議されていますが、桐生市で生活保護制度の根幹を揺るがす事態が発生していることを踏まえ、桐生市生活保護違法事件全国調査団の活動から見えてきた国の政策の問題点を中心に語っています。以下に意見陳述の原稿をアップしますので、ぜひご一読ください。

参議院厚生労働委員会で配布した資料(資料1~資料4)のPDF

【参議院厚生労働委員会での意見陳述】

私は住まいを失った生活困窮者への居住支援を進めてきた立場から、厚生労働省が進めてきた生活困窮者自立支援制度と生活保護制度の一体的見直しを注視してきました。今回の2法の一括改正案のそれぞれが持つ課題と私が抱く懸念点についてお話させていただきます。

2020年以降のコロナ禍は日本国内で「住まいの貧困」が拡大していることを顕在化させました。

日本学術会議は、2023年9月22日に発表した見解「コロナ禍で顕在化した危機・リスクと社会保障・社会福祉」において、「居住支援・居住保障」の重要性を強調。

「『ハウジング・ファースト』の理念が示すように、まずは適切な住まいを確保することが、生活の再建や貧困の予防を図り、危機を回避する前提条件となる。
そのためには、住居確保給付金を就労や年齢要件と切り離した普遍的制度とし、併せて個々人のニーズに寄り添う伴走型の居住支援を充実させることが重要である」
と提言しています。

しかし、今回の法改正案では「居住支援の強化」がうたわれてはいるものの、生活保護の手前で家賃を補助する住居確保給付金については、低廉な家賃の住宅への転居費用補助が追加されただけで、極めて小幅の改正にとどまっております。
居住支援のための対人サービスを充実させ、単身高齢者がアクセスできる住宅ストックを増やしたとしても、家賃負担のハードルが高ければ、住宅の維持・確保はできません。

「『住まいの貧困』を解決するためには、住居確保給付金を大幅に拡充し、普遍的な家賃補助制度に改編するしかない」という考えは今や、住宅政策、生活困窮者支援に関わる人の共通認識となっています。国はこの課題から逃げないでください。

一体的見直しを議論してきた社会保障審議会の専門部会が2023年12月27日に発表した「最終報告書」は、「おわりに」で
「制度をより良いものにしても、支援が必要な者に適切に利用されないと意味をなさない」
「必要な者に的確かつ速やかに支援を届けることができるよう、生活困窮者自立支援制度や生活保護制度の周知・広報等」が必要だと強調しています。

しかしながら、昨年来、「必要な者に的確かつ速やかに支援を届ける」どころか、役所の窓口に来た住民を制度から遠ざけることに注力し、制度につながった住民にも職員が暴言、恫喝、ハラスメントの限りを尽くし、短期間で制度から締め出すことに血眼になっていた自治体の存在が明らかになっています。
群馬県桐生市です。

桐生市福祉事務所では、
「生活保護費を1日1000円のみ、ハローワークで求職活動をしたことを確認した上で手渡しし、国が定める保護費月額の半分程度しか渡さない」、
「ケース記録上は保護費を全額支給したことにした上で、実際は支給しなかった残金を職員が手提げ金庫で保管していた」、
「数十年にわたって生活保護世帯から預かった印鑑を計1948本保管し、本人の同意なく押印していた」、
「生活保護申請から50日以上経っても保護費を渡していなかった」、
「『税金で飯を食っている自覚があるのか』等、職員による暴言・恫喝が日常的におこなわれていた」、
「2011年からの10年間で生活保護利用者が半減していた」、「母子世帯は2011年26世帯から2022年2世帯まで急減していた」、
「辞退届による廃止が異様に多い」
等、
数えきれないほどの違法かつ異常な制度運用が行われていました。

詳しくは桐生市の公文書を分析した「桐生市生活保護違法事件全国調査団」の要望書を「資料1」に付けましたので、ぜひご一読ください。

桐生市は相談者を「水際作戦」によって制度に寄せ付けない、制度につながった人も恫喝・暴言・ハラスメント、日常生活への過度な介入、辞退届の強要などの手法を駆使して短期で締め出すという「排除と監理のシステム」を築き上げました。その責任の一端は、厚生労働省にもあります。以下にその理由を述べます。

「全国調査団」は桐生市で生活保護利用者が半減した要因を調査してきましたが、情報公開で明らかになった公文書から、桐生市は国の補助金を活用し、最大時、4名の警察官OBを福祉課に配置していたことが明らかになりました。

厚生労働省は2012年3月、暴力団関係者などの不正受給対策として各福祉事務所に警察官OBを積極的に配置することを促す通知を発出しましたが、桐生市ではこの通知を受けて、2012年度から警察官OBの配置を進め、近年は
「生活保護の新規面接相談のほとんどに警察官OBが同席し、家庭訪問にも同行する」、
「就労支援相談員も警察官OBが担当する」、
「生活困窮者自立支援の窓口にも配置する」
等、
明らかに趣旨を逸脱する運用をおこなっていました。

桐生市福祉事務所による数々の人権侵害は、窓口に相談に来る住民を保護や支援の対象として見るのではなく、排除と取り締まりの対象として見るまなざしが職場全体に浸透していた結果であったのだろうと推察します。
生活保護問題対策全国会議は、2012年3月に厚生労働省が警察官OBの積極活用を打ち出した際、厚生労働大臣あての要望書を発出し、
「市民と直接やりとりする現業に元警察官が社会福祉主事の資格もなく従事すると,警察目的が福祉目的に先行し,結果的に市民の生存権行使を阻害する事態をもたらす危険性,保護受給者あるいは保護を受給しようとする者を犯罪者視しその人格権・生存権を侵害する危険性がある」と警告を発していました(資料2)

厚生労働省は今年度より警察官OBの配置を更に進めようしています(資料3)が、自らが政策として進めた警察官OBの積極配置が、支援を必要としている人を制度から遠ざけるツールとして利用されていることを重く受け止め、各自治体における警察官OBの活用状況を検証し、少なくともその役割を暴力団対応等に限定してください。警察官OBを面接相談・家庭訪問・就労相談などには同席させない仕組みを作るべきです。

また、桐生市は職員が保護費を手提げ金庫に入れて分割・減額支給していただけでなく、利用者に家計簿の提出を指導してレシートを100円単位まで細かくチェックしたり、民間の金銭管理団体を活用した「被保護者家計相談支援事業」を実施する等、利用者の家計支出を徹底的に監督・管理するシステムを作り上げていました。

桐生市の「家計相談支援事業」は市が選んだ生活保護世帯に民間の金銭管理団体を「紹介」するという事業です。奇妙なことに市は各民間団体とは委託契約を結んでおらず、表面上は市が紹介した民間団体と利用者が任意で契約するという形をとっています。
2022年度には、一般社団法人日本福祉サポートが26件、NPO法人ほほえみの会が29件、桐生市社会福祉協議会が11件など計68件、生活保護世帯の実に13.9%が民間団体の金銭管理を受けています。

生活保護の開始時に市の職員から民間金銭管理団体の利用を紹介されている方も多く、当事者には、その日、初めて会う民間団体に家計を管理されることが生活保護利用の条件のように受け止められています。民間団体活用の問題点は資料の東京新聞記事をご覧ください(資料4)

実はこの桐生市の事業も、厚生労働省の通知が関わっています。厚生労働省は2018年3月30日に「被保護者家計改善支援事業の実施について」という通知を発出し、各自治体に家計改善支援事業の実施を促してきました。桐生市は同年、この通知を踏まえて、民間金銭管理団体の活用事業を始めました。

今回の生活保護法改正案には、第五十五条の十(3)において予算事業として実施してきた「被保護者家計改善支援事業」を法定化するという内容が盛り込まれていますが、厚生労働省はこれまで各自治体が実施してきた「家計支援」を名目とする事業において、人権侵害が行われていなかったか、検証すべきです。
具体的には、各自治体の事業を全て調査し、それぞれの事業において、利用者本人の「契約の自由」が尊重されているのか、事業者と利用者との契約が適法・適切なものなのか、事業の利用拒否・停止が生活保護の停廃止につながる等、利用者の権利を不当に侵害するものになっていないか、徹底検証をおこない、違法・不適切な行為を見つけたら、ただちに是正する措置をとってください。

私は過去30年間、民間の立場で生活困窮者の相談支援に取り組んできましたが、私たち支援者が「支援」だと思っておこなっている行為は、「支援する側」「される側」という非対称的な関係性の中で、容易に「支配とコントール」へと転化しうるリスクを持っていることを常に痛感してきました。

特に公的機関が現金給付を伴って実施する支援は、本人の意思を飛び越えて、日常生活やプライバシーに介入し、干渉するパターナリズムに陥りやすい傾向があります。
私は、生活保護や生活困窮者支援をめぐる国の議論で欠けているのは、「支援」が暴力になりうるという視点、福祉行政が住民を虐待する加害者になりうるという視点だと思います。桐生市の事件はそのことを私たちに教えてくれています。
「自立支援」の名のもとに相談者、制度利用者の自己決定権が無視・軽視されていないか、本人の尊厳を傷つける対応が行われていないか、行政は常に確認・検証をしていく必要があります。

桐生市の福祉課が切り刻み、粉々にしたのは保護費だけではありません。制度を利用する住民の尊厳が切り刻まれ、人間らしく生きるための権利が粉々にされたのです。

桐生市による違法運用・人権侵害は、現在、市が設置した第三者委員会及び、群馬県による特別監査で検証が行われていますが、この事件は一自治体の問題にとどまらず、生活保護制度及び生活困窮者自立支援制度に対する住民の信頼を根底から揺るがしています。また、「水際作戦」や辞退届の強要などの違法行為は他自治体でも珍しくないことも指摘しておきたいと思います。

厚生労働委員の皆さま、厚生労働省を始めとする政府関係者は桐生市で起こった事態を重く受け止め、徹底した検証と再発防止策に取り組んでください。今回の一括改正案の審議においても、事件の教訓が生かされることを心から願っています。

最後に桐生市の生活保護行政の問題は、長年、群馬県で生活困窮者支援を続けられてきた司法書士の仲道宗弘さんが被害者の相談を受け、行政に働きかけ、社会に発信したことで世に知られることになりました。誠に残念なことに仲道さんは3月20日に急逝されましたが、仲道さんのご活動に敬意と感謝を表して、この意見陳述を締め括らせていただきます。

ありがとうございました。

一般社団法人つくろい東京ファンド 代表理事 稲葉剛