昨年春、生活に困窮されている方が生活保護制度を利用する際の最大のハードルとなってきた「扶養照会」(福祉事務所が生活保護の申請者・利用者の親族に「援助が可能かどうか」と問い合わせること)の運用が改善され、ご本人が親族への照会を拒否したいという意思を表明すれば、実質的に照会を回避できるようになりました。

この運用改善を踏まえ、つくろい東京ファンドと生活保護問題対策全国会議で、拒否の意思を書面で表明できる「申出書」を作成し、ネットで公開しています。

生活保護の扶養照会の運用が改善されました!照会を止めるツール(申請者用、親族用)を公開しています。

この「申出書」は全国各地で活用されており、私たちの知る限り、「申出書」を提出した人はほぼ全て親族への照会を止めることができています。

各自治体の福祉事務所の職員からも「無駄な作業をしなくてすむので、助かる」との声をいただいているのですが、昨年、東京都杉並区が生活保護を申請した50代の男性が提出しようとした「申出書」の受け取りを拒否し、80代の両親に扶養照会を強行していたことが私たちに寄せられた相談によって判明しました。

この杉並区の不当な対応に抗議し、改善を求めるため、2月4日、杉並区に対して「抗議・要請書」を提出しました。

ぜひ多くの方のご注目をよろしくお願いいたします。

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2022年2月4日

杉並区長 田中良殿
杉並区保健福祉部杉並福祉事務所所長殿

一般社団法人つくろい東京ファンド
生活保護問題対策全国会議

抗議・要請書
 

私たちは、すべての人の健康で文化的な生活を保障するため、生活保護を利用しやすくするための制度の拡充や運用の改善を求めて活動している団体です。

生活保護利用の最大の阻害要因となってきた扶養照会について、厚生労働省は昨年3月30日、「要保護者が扶養照会を拒んでいる場合等においては、その理由について特に丁寧に聞き取りを行い、照会の対象となる扶養義務者が『扶養義務履行が期待できない者』に該当するか否かという観点から検討を行うべきである」という通知を発出しました。

親族への照会の範囲を「扶養義務履行が期待できる者」に限定した上で、要保護者の意向を尊重することを明確にしたこの通知を受けて、私たち2団体は、生活保護の申請者が照会を拒否したい場合、拒否の意思とその理由を書面で表明することができるチェック式の申出書式(「扶養照会に関する申出書」及び「添付シート」。以下、「申出書」と略す)を作成し、それらの書式のPDFをネットで公開しました。

この「申出書」は全国各地で活用されており、福祉事務所の現場の職員からも「所内で、申請者の親族に関する事情を共有する上でも助かっている」という歓迎の声が寄せられています。

しかし、昨年7月、杉並区在住の50代男性が杉並区杉並福祉事務所荻窪事務所に生活保護の申請に訪れた際、地方在住で「老々介護」の状態にある80代の両親に心配をかけたくないという思いから、自らダウンロードして記入した「申出書」を提出しようとしたところ、職員から受け取りを拒否されるという事態が発生しました。

男性に対応した複数の職員は「受け取っちゃいけないと言われているので受け取れません」、「これを受け取らなきゃいけないという法律はありません。どうしても受け取らせようというのなら、手続きは進められません」、「できないものはできない」等と発言しており、職員のミスではなく事務所の方針として「申出書」の受け取りを拒否したことは明確です。

このような方針は、扶養照会を拒否するという要保護者の正当な意思表明を敵視するとともに、保護申請権の侵害であることは明白です。

受け取りを要望し続けている限り、申請手続きが進められないと言われた男性は、「申出書」の提出を断念せざるをえませんでした。

男性は生活保護の申請後や決定後も、口頭で扶養照会を拒否したいという意向を伝えましたが、福祉事務所は高齢の両親への扶養照会を強行しました。

厚生労働省は「生活保護手帳別冊問答集」で上記の通り、「扶養照会を拒んでいる場合」の対応方針を示しており、「概ね70歳以上の高齢者」も「扶養義務履行が期待できない者」の類例の1つとして例示されています。

東京都は以前より「生活保護運用事例集」において、「扶養照会を行うことを事前に要保護者に説明し、了承を得ることが好ましい」とした上で、「要保護者が扶養照会を強く拒否する場合は、理由を確認し、照会を一旦保留し理解を得る」との方針を示しています。

扶養照会拒否の意思を示した書類の受け取りを拒否したこと、口頭で拒否の意思を職員が確認したにもかかわらず、80代の両親に照会を強行したことは、扶養照会の運用に関する国や東京都が示している方針にも幾重にも背くものです。

「生活保護を利用したいなら、権利を主張するな」と言わんばかりの貴区の男性に対する一連の対応は、区民の人権と尊厳を著しく損なうものであり、決して許されるものではありません。

私たちは、貴区の対応に厳重に抗議するとともに下記の通り、要請します。

1. 被害にあった男性ご本人も交えた話し合いの場を本年2月末までに設定し、男性に直接、謝罪をすること。

2. 昨年4月以降、扶養照会を拒否する意向を書面や口頭で表明した要保護者に対して、区がどのような対応をおこなってきたのかを全て調査し、検証・公開すること。

3. 厚生労働省や東京都が示している扶養照会に関する対応方針を福祉事務所の全職員に周知徹底すること。

4. 今後、要保護者が扶養照会を拒否する意思を表明する書類を提出した場合(郵送・FAX送信を含む)、必ず受理すること。いったん提出された書類については、取り下げを求めないこと。書面で拒否の意向が示されたにもかかわらず、照会を実施する場合はその理由を書面で本人に示すこと。

5. 貴区における過去3年間の扶養照会実績(生活保護の申請件数、決定件数、扶養照会の実施及び実施しないと決めた件数、実際に金銭的/精神的援助につながったそれぞれの件数等)を公開すること。

6.貴区で使用する生活保護申請書の親族の氏名・住所を記載する欄に、申請者がそれぞれの親族への照会を承諾しているか否かをチェックできる項目を設けること。